64 火水未済

64 かすいびせい


かえるのうた

外から差し込む光の暖かさで、カエルは目を覚まします。

エピローグをトばす。

傷はすっかりと治り、傍らには無くしたはずの荷物と雨傘。
懐かしい匂いのさわやかな朝。

半分閉じたままの目を擦り、微睡んだ頭を引き連れて、
重たくなった腰と思ったより重かった荷物を持ち上げて、
カエルは光の差し込むほうへ。

外は草一本生えていない不毛の荒野。

バッタ一匹住んでいない不毛の荒野。

のはずでした。カエルは目を疑いました。

不毛の荒野はそこには無く、湿気を帯びた雨上がりの空気。
地面にはうっすらと緑色。空には鳥も飛んでいます。

カエルは思い出しました。
あの大雨が、小さなカエルにとっては洪水のような大雨が、この死んでしまった地に再び命を運んで来たのです。

カエルが遠くを眺めていると、頭に何かが落ちてきました。

カエルは少しムッとしました。
痛みが走ったわけではないけど、
不吉を疑うわけではないけど。

せっかく景色に見とれているのに、
せっかくバッタを探しているのに。

不機嫌な気持ちのままで、カエルはそれを拾い上げ、じっとそれを見つめていました。

それは三つの小さなサイコロでした。

それは古いサイコロでした。

それはどこかで見覚えがありました。

それはとても大切な気がしました。

カエルは振り返りました。
カエルだけに振りカエリました。
カエルは思い出しました。

彼はそこにいました。

ずっと彼はそこにいました。

ずっと彼は雨を待っていました。

ずっと彼はカエルを待っていました。

ずっと彼は家族を探していました。

ドクダミの王冠を被ったかつての王は、カエルが旅立つ時が来るまで、
ずっとそこで待っていてくれました。

ずっと、彼は友達でした。

またね、と言われた気がしたので、またね、と答えました。

いつもそうしてきたように。
いつかまた、どこかで会えるように。

カエルは歩き出します。

カエルは旅を続けます。

前を向いてるフリをして、

見送りなんていらないフリをして。

道すがら、ふと思い立って、カエルはサイコロを振りました。
たいして何も考えず、たいして答えを求めずに。

カエルは笑いました。
ひとしきり笑ったあとに泣きました。

それは王の卦。地に落ちた王が最後に望んだ夢でした。

辺りは夕暮れ。

名も知らぬ鳥の群れ。

読んでくれてありがとうございました。




火水未済
かすいびせい


火は上へと燃え上がり、水は下へと流れ落ちる。
今はまだ、互いの存在を知ることも無く、火は火として、水は水としてただそこにあるだけ。

未だととのわず。既にととのった状態の水火既済とは逆に全ての爻が不正。不整。純然たる不揃い。何一つ合ってない。
六十四卦の最後はこの卦で締めてあるが、六十四番目というよりは事実上の零番目。エピソード0だ。
全てが終わったその果ての、始まりが始まるずっと前。

元々陰と陽の組み合わせで作られてるだけあって六十四卦それぞれは対象的な意味だったり、似た物同士の卦だったりで分類されてるけれど、この火水未済と一つ前の水火既済は異質というか、分類の次元が違う気がする。乾為天と坤為地のゼロイチとも違うし。

因果律ってヤツだろうか。火水未済という原因があるから水火既済という結果に辿り着いて、その辿り着いた結果がまた、新しい原因に成り代わる。
その原因と結果の間には色んな可能性があって、それを他の六十二の卦が表していて、その可能性の分岐や過程や変化はともかく、辿り着く結果そのものは変わらない。

その原因が生じてしまった時点で。なんて、なんか昔やったエロいゲームで聞いた事ある話。

あらゆる事象は原因から結果へ一方向に流れる。
産まれたら死ぬし、日は昇れば沈むし、雨が降ればいつかは止む。
例えば人類がタイムマシンを発明して、オレがタイムトラベルをしたとしても、タイムトラベルをするという原因が年表に書き加えられた時点で、それは時間の進退とは関係なく結果へと流れる。あみだくじのように分岐して、あるいは集束して、一方向に。

飛躍し過ぎか。

この「かえるのうた」も書き始めたら終わるのだ。納得し難い結果だったとしても。

薄々感じてはいたけれど、我ながら不完全な仕上がり。
本当は挿し絵とか一杯入れたかったし(絵がヘタで保留)、丸ごと書き直したいページが七割くらいあるし、アタマがどうかしてたんじゃないかってページもそのうち二割くらいある。

書いてるうちに本当に書き直そうかとも思ったし、実際ちょっと書き直した部分もあったけど、この火水未済と一つ前の水火既済に思いを馳せていたら、ヘタクソな絵も、自分でもなに書いてるか分からんような文章も、もう二度と遡ることの出来ない貴重な体験に思えたので、この愛すべき不完全な結果を新しい原因として捉えて、また次の結果に向かおうと思いました。

未だととのわず、今もまだ答えは出ず、未だ夢から醒めず、今もまだここで続きを書いてる。

六十四卦の最後に、なんかエロいゲームという言葉をまさか出すとは思わなかったけど、火水未済と向き合ってるうちに何十年も前にプレイしたゲームの事を思い出せたからこのページを書けたって事で、これも因果ってヤツなんだろう。


卦辞

未済。
亨る。
小狐汔んど済らんとして、
其の尾を濡
利ろしき攸无し。

びせい。
とおる。
しょうこほとんどわたらんとして、
そのおをうるおす。
よろしきところなし。

順調に進む。
小狐が川を渡り切る前に尾を濡らして戻ってくる。
良いところ無し。

小狐の件は力も弱く、機会にも恵まれてないのに無鉄砲に突き進んでは、享るものも享らないよって例え。

スタートラインにすら立ってない状況。準備もしてないくせに、明確な目的も定まらず、湧いてくる自信の根拠も見当たらない。この夢が幻だと確信し、負け惜しみと卑屈、劣等感と照れ隠しが背中に付きまとう。よろしきところなし。

知ってる。

パチ屋のイベントの日に金を工面出来なくて悔し涙で枕を濡らした幾千の夜の事でしょ。言われなくても分かってるよ、そんなの。話しかけてくんなよ。


爻辞

これ以上乱れる事のない状況ではあるが前に進むのはもう少し先。今よりに良くなることは確かなので、前を向けるように養えよ英気。


初爻

其の尾を濡
吝。

そのおをうるおす。
りん。

小狐が川を渡ろうとして尾を濡らして戻ってくる。
恥をかく。

この小狐は前の卦から一体何をやっているのか。
恥ずかしそうに戻って来るんじゃない。


二爻

其の輪を曳く。
貞にして吉。

そのりんをひく。
ていにしてきち。

車の車輪を進まないように引き止めて置く。
その状態で吉。

ととのっていない事を知っているのでむやみに進まない。
狐とは違うんだよ。


三爻

未済。
征けば凶。
大川を渉るに利ろし。

びせい。
いけばきょう。
たいせんをわたるによろし。

未だととのわず。
進めば凶。
大川を渡っても良い。

全然ととのってないし、進んでも凶だけど、大川は渡れる。
火水未済を体現したような怪文。

現状厳しいが、しっかりと準備すれば行ける。


四爻

貞にして吉。悔い亡ぶ。
震いて用て鬼方を伐つ。
三年にして大国に賞有り。

ていにしてきち。くいほろぶ。
ふるいてもってきほうをうつ。
さんねんにしてたいこくにしょうあり。

段々と国がととのってきたので、引き続き努めれば吉。悔いは無くなる。
武を奮って遠方の異民族を討伐する。
三年掛けて成し遂げ、国から讃えられる。

地盤が固まり、力も備わってきた。


五爻

貞にして吉。悔い无し。
君子の光。孚有りて吉。

ていにしてきち。くいなし。
くんしのひかり。まことありてきち。

バラバラだった事を一つにまとめ上げる。あとはそれを固く守れば吉。悔いは無くなる。
君子の徳は光り輝く。誠の心となり吉。

完全体。つまり既済。ととのいました。


上爻

飲酒に孚有り。
咎无し。
其の首を濡せば
孚有るも是を失う。

いんしゅにまことあり。
とがなし。
そのくびをうるおせば、
まことあるもこれをうしなう。

全てがととのった後には心から望んだ酒を飲む。
咎められない。
首を濡らすように酒に溺れてしまえば、
どれだけ心が満たされてもまた失う事に。

こんな風に一日の終わりを迎えられる日々が続いたらどれだけ幸せだろうか。
最後の最後で調子に乗らないこと。


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