62 雷山小過

62 らいざんしょうか


かえるのうた

茶番をトばす。

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「いらっしゃい。」

旅のカエル
「は?」

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「こんな荒地にカエルなんて珍しいな。」

旅のカエル
「…先客がいたか。」

????
「客はキミだろ。」

旅のカエル
「何モンだ?」

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「何モンだ?じゃねえよ。キミが勝手にオレの中に入って来たんだろ。」

旅のカエル
「幻聴…?どうやらオレもここまでみたい。」

????
「幻聴じゃねえよ、肉声とも言い難いけど。」

旅のカエル
「そうか、どっちでもいいや。はじめまして、野晒しのガイコツさん。ちょっと雨宿りさせてくれよ。」

ガイコツ
「はじめまして、小さな客人。近頃のカエルは喋るんだな。」

旅のカエル
「こっちのセリフだぜ、早く成仏してくれよ。」

ガイコツ
「なんか言ったか?」

旅のカエル
「なんも。」

ガイコツ
「ひでえ雨だな。こんなに降ったのはいつ以来だろう。」

旅のカエル
「危うく溺れ死ぬところだったよ。」

ガイコツ
「カエルなのに溺れるのか?」

旅のカエル
「オレだって初めてだよ、いてて。」

ガイコツ
「血が出てる。」

旅のカエル
「ちょっと休めば大丈夫。」

ガイコツ
「そうは見えないぜ。」

旅のカエル
「キミはここら辺に住んでた人?」

ガイコツ
「オレは西から来たんだ。」

ガイコツ
「ホントは何とかして戻らなきゃならなかったんだけどさ。」

旅のカエル
「そのナリじゃ無理だよ。」

ガイコツ
「わかってるよ。」

旅のカエル
「いつからここに?」

ガイコツ
「覚えてない、もうずっと昔。」

旅のカエル
「ふーん。」

ガイコツ
「ずっと昔だ。」

旅のカエル
「…なあ、ひょっとして王様だったのか?」

ガイコツ
「なんでそう思うの?」

旅のカエル
「冠。そばに落ちてたからさ。」

ガイコツ
「そう呼ばれてた時もあったかな。もう要らねえからキミにやるよ。」

旅のカエル
「ありがとさん。細かく刻んだら持って行けるかな?うー、いてえ。」

旅のカエル
「でもアレのおかげで命拾いしたよ。ここだけ雨音が違ったからさ。」

ガイコツ
「耳が良いんだな。」

旅のカエル
「運も良いのさ。天使の鐘の音かと思ったよ。」

ガイコツ
「召されそうになってんじゃん。」

ガイコツ
「雨、しばらく止みそうにないからさ、のんびりして行きなよ。」

旅のカエル
「そうさせてもらうよ。どのみち体も動かない。」

旅のカエル
「あのさ。」

ガイコツ
「ん?」

旅のカエル
「なんで王様がここにいるんだ?」

ガイコツ
「ちょっとヤボ用でね。」

旅のカエル
「こんな荒野に一人で?」

ガイコツ
「まあね。」

旅のカエル
「本当に王様?」

ガイコツ
「どうだろうね。」

旅のカエル
「こんな行きずりのカエルに隠し事してもしょうがないと思うけどね。」

ガイコツ
「本当に王様だったんだよ。追い出されたんだ。」

旅のカエル
「何で?」

ガイコツ
「戦争。内乱が起きたんだよ。」

旅のカエル
「で、負けて追い出されたのか?」

ガイコツ
「ハメられたんだよ、息子に。」

旅のカエル
「情けねえ。」

ガイコツ
「よく言われてたよ。」

旅のカエル
「まあ、お上の間では良くある事か。簒奪?放伐?地べたで暮らしてるオレには関係ないけどさ。」

ガイコツ
「言ってろよ。」

旅のカエル
「でも息子が王様になったんならいいじゃん。全然知らないヤツに乗っ取られるよりはさ。」

ガイコツ
「そうかもね。オレよりも王様に向いてたよ、アイツは。」

旅のカエル
「どうにもならなかったんだろ?」

ガイコツ
「今思えばどうにかなったかも知れない。」

旅のカエル
「…で、帰るに帰れなくなって、誰にも見つけて貰えなくてここにいるワケだ。」

ガイコツ
「違うよ。東の方に娘を嫁にやった国があってさ、そこの救援隊とここら辺で落ち合う予定だったのさ。」

旅のカエル
「合流出来なかったのか?」

ガイコツ
「そんなもん。」

旅のカエル
「それはそれでマズかったんじゃないか?」

ガイコツ
「なんで?」

旅のカエル
「落ち合う場所にお妃さんのオヤジがいなかったんだろ?そのまま引き返すとは思えないけど。」

ガイコツ
「…。」

旅のカエル
「なんならキミの変わり果てた姿に逆上して仇討ちに行ったかもな。」

ガイコツ
「…。」

旅のカエル
「悪かったよ。」

ガイコツ
「いいさ。全部遅すぎたんだわ。」

旅のカエル
「オレも似たようなモンさ、いてて。」

ガイコツ
「大丈夫かよ?」

旅のカエル
「大丈夫。」

ガイコツ
「キミは東から来たのか?」

旅のカエル
「うん。」

ガイコツ
「東のどの辺り?」

旅のカエル
「言っても分からないよ。ずっと東。」

ガイコツ
「ふーん。」

旅のカエル
「ずっと東だ。」

ガイコツ
「西の方になんの用事?」

旅のカエル
「ヤボ用。」

ガイコツ
「隠すなって。」

旅のカエル
「ちょっと古い友人に会いにね。」

ガイコツ
「女?」

旅のカエル
「違うよ。ああ、でもキミに少しだけ似てたかもな。」

ガイコツ
「とぼけんなって。」

旅のカエル
「本当にトモダチだよ。」

ガイコツ
「ふーん。」

旅のカエル
「…。」

ガイコツ
「…。」

旅のカエル
「…腹減ったな。」

ガイコツ
「食ってないのか?」

旅のカエル
「荷物流されちまったからな。」

ガイコツ
「西の山の向こうに草原が広がってたはずだ。そこまで辿り着けたらバッタくらいはいたのにな。もうちょっと頑張れないか?」

旅のカエル
「バッタ食いてえ。」

ガイコツ
「ここら一帯は不毛の地だ。バッタどころかハエもいねえよ。カエルが住めるところじゃない。」

旅のカエル
「そうかー…。ハエもいねえか…。」

ガイコツ
「荷物くらいは探して来てやりてえけどな、オレも人の事言えないしな。」

ガイコツ
「ここまでだろうな、旅ガエル。次に生まれ変わったら、お互い戦争も放浪もしないで済むところが良いよな。」

旅のカエル
「…。」

ガイコツ
「あのさ、」

ガイコツ
「さっき追い出されたって言ったけどさ、」

ガイコツ
「ホントはさ、逃げたんだよね、殺されそうだったからさ。」

ガイコツ
「でも思い直してさ、引き返したんだ。カミさんとチビがいたからさ。ちゃんと戦って死んだんだぜ。」

ガイコツ
「本当なんだ。戦って、オレは死んだんだ。」

ガイコツ
「聞いてるか?」

旅のカエル
「…。」

ガイコツ
「おーい。」

旅のカエル
「…。」

ガイコツ
「死ぬなよ、せっかく話し相手が出来たと思ったのによ。」

ガイコツ
「なんだよ。」

ガイコツ
「…国や家族どころか、カエル一匹救えねえか。」

ガイコツ
「…。」

ガイコツ
「ろくでもねえよな。」




雷山小過
らいざんしょうか


山の上で轟く雷。ただならぬ気配、ただならぬ絵面。実際はそんなに大したことは無くて、遠く離れた山で雷が鳴ってるだけなのを過剰に心配してる。

雷に怯えるところは震為雷と一緒。震為雷では最終的に何事もなく笑い話で済ませたが、こちらは真ん中の二本の陽爻を他の陰爻で支えてる不安定で見通しが悪く、心細い卦。俗に言うサスペンス(宙ぶらりん)。
何事も用心し過ぎるに越したことはない。犠牲者など以ての外。天山遯や山地剝みたいな物語においての主要人物はおろか、登場人物にすらなってはならない。

露出度の高い服で孤立しちまう前に、周りの人間がみんな信じられなくなる前に、満身創痍になってから、占いをアテにしないで済むように。

「趨吉避凶」最近覚えた。
自分の足場が不安定なら、誰にも手を差し出せない。


卦辞

小過。
亨る。貞に利ろし。
小事に可なるも、大事に可ならず。
飛鳥之が音を遺す。
上るに宜しからず、
下るに宜しくて大いに吉なり。

しょうか。
とおる。ていによろし。
しょうじにかなるも、だいじにかならず。
ひちょうこれがおとをのこす。
のぼるによろしからず、
くだるによろしくておおいにきち。

正しい道を守れば目的は果たせる。
些細な事なら良いが、重要な事は不可。
飛び去った鳥がその鳴き声を残す。
上に向かってはいけない。
下に向かうのなら大いに吉。

全力で保身に走る。一挙手一投足、全身全霊をそれだけの為に。

風沢中孚と同様に、生き物が当たり前に備えてる生存本能。生への執着。

いつの時代も、その時一番栄えていたヤツから滅びへ向かう。色んな物を削ぎ落とし過ぎて、一つの事に特化し過ぎて、色んなモンをぶら下げられて、急激な変化に対応出来ない。

空を自由に飛び回る鳥も、別に好きで空を飛んでるわけじゃない。敵を避けて、エサを求めて、たまたま辿り着いたのが空ってだけだ。

中にはどんな状況でも生き延びれちゃうスーパーマンみたいなヤツもいるけれど、とかくこの世はそんなスーパーマンに合わせて出来てる訳じゃなくて、オレみたいに大したことないヤツを基準に出来てて、その大したことないモノの上に色んなモノが積み重なってる。

バランスを取りながら無理して積み重なってる。

上端よりは地上に近い方が遥かに安全で、分母の大きい方が被弾確率は下がる。税金も安い。

もし色んなモノを背負い込まされて、色んな事にツブされかけたら、下り階段に足を向けるのも良いかもしれない。ダメになっちまうよりは、壊されちまうよりは。

そんな事を考える時期があっても良いかもしれない。

そしてまた空高く飛ぶ鳥を羨ましく思えるようになれたら、色んなもんを踏み台にして昇って行けばいい。

そんな事を考える時期があっても良いかもしれない。


爻辞

時代を生き抜け。


初爻

飛鳥以て凶。

ひちょうもってきょう。

未熟な鳥が空高く飛ぼうとする。凶。

志が低く、才能にも乏しい者が高い地位を手にしようとする。
凶だって。ひどい言われよう。


二爻

其の祖を過ぎ、其の妣に遇う。
其の君に及ばず、其の臣に遇う。

咎无し。

そのそをすぎ、そのひにあう。
そのくんにおよばず、そのしんにあう。
とがなし。

日常的で些細な事なら、主の祖父を通り過ぎて祖母に会うことは咎められない。
公的で重要な要件なら、君主の前にその臣下に会う。咎められない。

家庭は家庭。仕事は仕事。


三爻

過ぎずして之をふせぐ。
従わば或いは之を戕わん。
凶。

すぎずしてこれをふせぐ。
したがわばあるいはこれをそこなわん。
きょう。

敵が強すぎて防戦一方。
屈してしまえば、失ってしまう。
凶。

耐え忍ぶ日々。血を流し続ける意味。


四爻

咎无し。過ぎずして之に遇う。
往けば厲うし。必ず戒めよ
永貞に用うる勿れ。

とがなし。すぎずしてこれにあう。
ゆけばあやうし。かならずいましめよ。
えいていにもちうるなかれ。

大人しくしていれば咎められない。不利益を及ぼす人間にも用心して応対する。
強く出てはいけない。必ず警戒すること。
しかしいつまでもその態度を取り続けても危険。

クレーマー・クレーマー。はいはい言いながら裏で笑っとけよ。


五爻

密雲雨ふらず。我が西郊よりす。
公弋して彼の穴に在るを取る。

みつうんあめふらず。わがせいこうよりす。
こういぐるみしてかのあなにあるをとる。

厚い雲が西に見えるが未だ雨は降らない。
君主は弋を使って穴の中の獲物を捕らえる。

弋(いぐるみ)とは矢に網などを取り付けた狩猟道具。
未だ恵みの雨を降らすことの出来ない雲を不甲斐ない王様に、穴の中の獲物を優れた人材に例えてる。今は誰かに頼る事しか出来ない。今は。

漫画「アカギ」で絶体絶命の南郷さんが場の流れを変えるべくイレギュラーのアカギを頼るところ。


上爻

遇わずして之に過ぐ。
飛鳥之に離る。凶。
之を災眚と謂

あわずしてこれにすぐ。
ひちょうこれにかかる。きょう。
これをさいせいという。

会うべき者を通り過ぎる。
高く飛ぶ鳥が網に掛かる。
天災であり、人災でもある。

背伸びしてもロクな事にならない。

南郷さんがアカギを普通に追い返すところ。(そんなシーンは無い)


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