
フゥ
「ここは…?」
ベッドで寝てる。なんでベッドで寝てるんだっけ?
このまま寝てても良いんだっけ?
時間になったら誰かが起こしてくれるんだっけ?
何かしなきゃならない事が、あったような、なかったような。

フゥ
「…腹減ったな。」
そうだ、メシを食わなきゃいけないんだった。
アタシは雛鳥じゃないんだ。
ベッドの上で口を開けて待っててもエサは降っては来ないからね。
フゥ
「しかしどこの、誰のベッドだよ。」
気配は無い。誰もいないようだ。
古いけど、汚い感じはしないね。少しタバコ臭くて、シーツの隅っこがところどころほつれてる。
何となく男。多分男のベッドだ。雰囲気と経験則で、何となく。
服は着たまま。上着は無いけど。
何もされてない、多分だけど。
ひょっとしてアタシを助けてくれたのかな?
料理が趣味の、背の高い年下だったら良い。
フゥ
「どれくらい寝てたんだろ。」
外は明るい…。お昼くらいかな。

フゥ
「…。」
どうやら地下世界じゃないみたいだね。
地表だ、この埃っぽい雰囲気は間違いなく。
旅の途中で訪れた、穴の空いた街だ。
フゥ
「あのビル…。」

アタシがこの街に来る途中で見たビル。
名前を聞いた気がするけど思い出せないな。なんだっけ?何とか社、ナントカ社だ。
近くで見ると思いのほかデカイな。どんなヤツなら出入り出来るんだろう。
まあ、あの店主が言ってた通り、アタシみたいな輩にはまず用事は無いだろうね。
フゥ
「しかし殺風景な部屋だね。」

ワンルーム。アパートの一室かな。
テレビも電話もトースターも電気ケトルも食器棚もカレンダーも無い。
小さい流し台と、ボロっちい冷蔵庫。
貧乏と言うよりは自分の住処や生活とかに興味が無い感じだ。仮宿かもしれないね。アタシと同じ余所者かな。

食って眠って、雨風を凌いで。起きて着替えて、どこへともなく。
フゥ
「良いドロップキックだった…。」

打点の高さ、体重の乗せ方、蹴り足の伸び。足の裏だけが顔面目掛けて飛んでくるような、完璧なドロップキックだ。
奇襲でならアタシも使うけど、あんな遠間からあんなスピードですっ飛んで来れない。
いや違う、それは大した問題じゃない。
アレは一体なんだったんだろう…。ブヨブヨのカタマリ。真ん中にデッカイ目ん玉。
ソイツがアタシの上着を食べて、ドロップキックが上手い女の子に化けてた。
いや、あるいは元々化け物に成り変われる体質の女の子だったのかも。
どっちにしても、目の前で有り得ない事が起こった事に変わりは無いし、見た目だけで言えばあんな華奢な女の子にアタシがノされた事に変わりは無い。
考えれば考える程…。
フウ
「なんか食べるもん無いかな。」

フゥ
「瓶ビールと、ハインズのロールキャベツの缶詰が一個…。」

晩酌用かな?侘しいね。でもこれで料理が趣味の年下の線は消えたね、残念ながら。
残念な思いをさせたお返しに、アタシが食ってやろう。
ビールだけは、手を出さないで置こう。
フゥ
「うめえ…。」
懐かしい味。アタシがガキの頃からあるんだ、この缶詰。

よく隣に住んでる爺さんに恵んで貰ってたっけ。
いつも咳ばっかりしてる爺さん…。
明日の自分の食い扶持だってどうなるか分からないのに。
最後の晩餐になり得たかもしれないロールキャベツを、お礼も言わずに貪り食うガキを、あの爺さんはどんな気持ちで見てたんだろう…。
フゥ
「…ごちそうさまでした。」
またロールキャベツに救われたね。
とはいえこれっぽっちじゃ全然足りないや。
金も食い物も車も無い。オマケに知らない男の部屋にいるこの現状を早急に何とかしないといけないな。
フゥ
「とりあえず…。」

呼び鈴
「ピンポーン」
フゥ
「お、帰って来た。」
待て待て。自分の家に入るのに呼び鈴は鳴らさないか…。
来客か、居留守しとくか。
ドア
「ガチャガチャ、ガチャガチャ」
ドア
「ピンポーン、ピンポーン」
なんかしつこいな、借金の取り立てだろうか?
今居ないから出直せよ。
フゥ
「いや…。」
…身内の不幸とか、他でもない何か大事で緊急な用事かも知れない。
他人の生活に無断で首突っ込むのは気が進まないけど、ベッドと缶詰の恩もあるし、同居人のフリして話だけでも聞いといたほうが良いか。
そうこうしてるうちに帰ってくるかも知れない。

また随分ガラの悪そうなヤツが来たな。
これは取り立てのほうかね、やっぱり。
適当言って追い返してやるか。
フゥ
「待っててー、今開けるから。」
ドア
「…。」
流石にこの格好で接客はないよね。

フゥ
「だいぶサイズが大きいが。」

フゥ
「どちらさん?」
カタギじゃなさそうなアフロ
「動くな。」

フゥ
「お前がな。」

カタギじゃなさそうなアフロ
「ぐっ!?」

フゥ
「びっくりした、殺されるかと思った。」

やれやれ。何やらかしたんだよ、この部屋の主は。
アタシじゃなかったら最悪死んでた。
そしてコイツ…。借金取りじゃ無さそうだけど、名うてのヒットマンってわけでも無さそうだが。
フゥ
「念の為持ち物検査しとくか…。」

銃の他には、財布と携帯電話と、針金はピッキング用か…。
アタシが出て来なかったらこれで破るつもりだったんだ…。
あとは何かのカード…キャッシュカードじゃないよね。

フゥ
「COM社って書いてある…。IDカード?」
トクマ・フィールグッド、だって。変な名前。偽名みたい。
ああ、あのビルの名前COM社だ。思い出した。
フゥ
「なんかこの企業ロゴの真ん中辺り、見覚えがあるぞ。」

そうだ、アイツの目にそっくりだ…。
無関係、なわけないよな…。
COM社…コイツと言いあの化け物と言い、一体何してる会社なんだろ。
まあこの地表であんなデカいビル建てちまう様なトコだ。普通じゃないんだろうね。

やだやだ。関わらないでバックれた方が身の為だねこりゃ。
とっとと金と車を取り戻してこんな街はオサラバしようか…。
そうと決まればコイツをどっかに運んで隠さないとな。


フゥ
「とりあえずこれで良し。」
…ちゃんとベッドとロールキャベツのお礼を言いたかったけど、代わりに殺されかけてあげたんだ、これでチャラって事で良いよね。
フゥ
「ホントはシャワーも浴びたかったけど…。」
フゥ
「持ち物は没収しておこう。アタシに銃を向けたんだから、当然だよね。」
フゥ
「あぁ、もう一つあった。」

生まれて初めてだよ、逆ピッキングなんて。


フゥ
「男運が良すぎてイヤんなるね。」
電話
「プルルルル」
フゥ
「お?」

フゥ
「お仲間かな?無視無視。ちょっとお金も出来た事だし、どっかお風呂入りに行こう。」
女壮なり。
コメントを残す