
フゥ
「…ここは?」
フゥ
「何してたんだっけ、アタシ。」
頭が痛い。頭だけじゃない、手も足も目も胸も、体中が痛い。痛みがあるって事は死んでないって事かな。死んだ事無いからわからないけど。
フゥ
「あのバカ犬…。」
そうだ、穴を見に来たんだ。地下に繋がってるでっかい穴。
そこには野良犬がいて、その犬が穴に落ちそうになって、助けた犬に今度はアタシが穴に落とされて…。
立ち上がる。
フゥ
「すごく痛いけど立ち上がれる…。」
フゥ
「すごく痛いけど、生きてる…。」

て事はここが地下か?…。天国みたいなトコロだと聞いてたけど、なんて言うか、見たまんま地下だ。
フゥ
「真っ暗で何も見えねえし…。はぁ、期待し過ぎてたみたいだね。」
今、何時くらいなんだろう。腹の減り具合からすると一日は経ってるか。
向こうから風が吹いてくる…。ぬるい風、匂いは無い。
フゥ
「はぁぁぁ…とりあえず、歩くか。」
アタシの車と金はどうなったんだろう…。もう盗まれてしまっただろうか。せっかくろくでもないクソ田舎から大金せしめて都会まで来たってのに、お先真っ暗は変わらないなんて。
なんなんだよアタシの人生は。
クソっ、全部あの犬のせいだ。せっかく助けてあげたのに。せっかくエサを持って来てあげようとしたのに。まさか仇で返されるとはね。
いや、きっとアタシを落とす為にワザと落ちるフリをして穴の縁にアタシを誘導したんだ。そうに違いない。なんて狡猾な犬。
あの犬だけじゃない。穴の話をしやがったあの店主もだ。ヤツはアタシにラーメンを食べさせて頭がぼんやりしてるところを見計らって穴の話を差し込んで来たんだ。
そして話に食いつくやいなや言葉巧みにアタシの意識が穴へ向かうように話を合わせてきた。
夜の林は危険だって?そんな事言われたら誰だって行きたくなるじゃないか。心理的に。これは事前に用意された極めて巧妙な罠。犬と店主はきっとグルだな。どいつもこいつも、アタシの人生をなんだと思ってやがる。
そもそも最初から怪しかった。
何がというワケじゃないけれど、なんか、とにかくイヤな予感はしなかった事もなかったはず。

フゥ
「…。」
頭痛が収まって来たらだいぶ思い出してきた。事実と大分差異があったかも知れない。
ほぼ、五割くらいはアタシが勝手に穴にやって来て、ここに落ちて来たのかもしれない。
だがせっかく沸き上がって来た怒りの感情を絶やしてはいけない。真っ暗な闇の中なら尚更、あっという間に恐れに呑まれるから。メソメソしながら絶望に跪くよりは、イライラしながら、現状に納得出来ない顔で前へ進め。
アタシは不死身なんだ。犬も穴もアタシを殺すことなんて出来やしないんだ。アタシから全てを奪った強盗もポン引きの元カレも、結果的にはアタシを殺すことは出来なかったからね。
アタシは不死身なんだ。フゥは、フジミのフゥだ。

フゥ
「行き止まり…。」
違う…。目が慣れてきた…。
シャッターだ…。

フゥ
「?」
岩が挟まって、壊れてる。
しかもこの岩…。穴の周りにあった気味の悪い色の岩山に似てる。
あの店主はゴミと一緒に資源やお宝が地下から噴き出して来ると言っていた。
これがゴミなのか資源なのかお宝なのかは知らないけど、穴に落ちた先にこれがあるって事は、
フゥ
「やっぱりアタシは、地下にいるのか?」
このシャッターの向こうに、この世の天国、人類の楽園がある…。
丘の上の一軒家も、素敵な旦那様も、何一つ心配の無い生活も。
それとも、地下世界なんてハナから無くて、よくある都市伝説の類。大袈裟に尾ヒレの付いた言い伝え。
それとももっと奇想天外な、例えば巨大なドラゴンが、火を吹きながら襲って来るかもしれない。

岩の隙間から入れそうだ。アタシのサイズなら。
考えるのはよそう。
どうせここは穴の中だ。
深い深い穴の底。
このままここにいたんじゃどこにだって辿り着けやしない。
選択の余地の無いアタシは、ただ現状に納得出来ない顔で前へ。前へ。

不死身のフゥ。
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