フゥ
「おおー、ホントだ穴が開いてる…。」
結局来てしまった…。夜風にあたっていたらせっかくの眠気も吹き飛んでしまった。
ここが穴。もっと穴っぽい穴を想像してたけど、穴を掘ったと言うよりは、下に向かって建築して行った感じなんだね。当たり前か、人が開けたんだもの。信じ難いけれど。
あの店主がいくつなのかは知らないけれど、たった六十年前か七十年前の地表は、今よりもずっと文明が進んでいたんだ。
そして、この穴が繋がってる向こう側、当時の人間が移り住んだ地球の真ん中では、今もその技術で、恐らくはもっとずっと進んだ技術で不自由なく暮らしてる。
飢え死にする事もなく、家に強盗が入る事もなく、青春時代をゴミみたいな人間の言いなりになる事もないんだろうな。
フゥ
「いいなぁ…。」
犬
「ウー。」
フゥ
「?」
汚ったない犬だね。首輪もしてない。野良犬だね。この辺に住んでるのかな?
フゥ
「ビスケットあるけど、食べる?」
犬
「クーン。」
フゥ
「アンタも一人?」
犬
「ワンッ。」
フゥ
「そうかそうか、じゃあアタシと一緒だね。今はこれしか持ってないんだけど、今度ゴハン持ってきてあげるよ。」
犬
「ワンッワンッ!」
フゥ
「アハハっ、ヨシヨシ。」
…なんてね。動物に話しかけるなんて子供の頃以来だ。目に映る全てが、語りかけてくるみたいな、無垢な自分に返りつつあるのは、旅のせいか、穴のせいか。
フゥ
「この犬のせいではないみたいだけどね。」
子供の頃、近所に住み着いてたあの痩せっぽちの犬はどうなっただろうか?さすがに生きてはいないか、二十年以上も前だしね。
ちゃんと天国に行けただろうか。誰かに拾われて、栄養のある食事を与えられて、清潔で暖かい寝床で眠って、飼い主の涙に見送られて灰になってたら良い。
それともこの犬みたいに誰にも従属せず、誰にも所有されず、いつも腹ぺこで、いつも番いを求めて、いつかそこら辺で野垂れ死んで他の生き物の養分になるほうが、野良としては貞しいのかも。
フゥ
「一晩ここでコイツと過ごすのも良いかもね。」
フゥ
「なっ、なにぃいぃーーーっ!!??」
犬「ク、クゥーン。」
フゥ
「バカっ、捕まれっ!全然アタシのせいじゃないけど前脚を伸ばせっ!」
犬
「ウ、ウゥゥ…。」
フゥ
「諦めるなっ!もう少しだぞ!全然アタシのせいじゃないけどっ!」
犬
「キャンッ!キャン…!」
フゥ
「あああ危ねぇ…っ!ホントに良かった、全然アタシのせいじゃなかったけど、アタシが落としたみたいになるところだった…。」
フゥ
「恩に着なさいよ、アンタ。」
犬
「キャンキャン!」
フゥ
「アタシが助けなかったら…、」
犬
「キャンキャン!」
フゥ
「アンタ死んで…押すなコラ、もう。」
犬
「クーン、クーン。」
フゥ
「は?」
犬
「クーン…。」
これは犬のせい。