風来。

フゥ
「でっかいビル!めちゃくちゃ都会じゃん!」

アタシが住んでたトコとは大違いだ。

ここなら燃料も食料も簡単に調達出来そう。

今日のところはこの町で適当な宿を見つけてゆっくりしよう。

次の目的地は明日でも明後日でも、気が向いた時に決めればいい。

アタシは自由なんだ。お金だって持ってる。ボロいけれど車だってあるし、服だって好きに選べる。その気になれば鼻にピアスだって開けれるし、蔑まれたって笑ってあげれる。

今日が最悪のまま終わったとしても、明日が最悪とは限らない。たとえ暗闇に慣れてしまったとしても、明かりをつけない理由にはならない。

か細いロウソク、その火の揺らぎは、風の示した、明日の在り処。

フゥ
「お腹すいたな。」

店主
「いらっしゃい。」

フゥ
「ここって何時まで?」

店主
「夜中までやってるよ。」

フゥ
「そう…。」

…汚ったない店。狭いし空調も効いてない。客のガラも悪いし。あんまり長居は出来ないね。

店主
「ねえちゃん、ここらの人間じゃねえな?」

フゥ
「旅してるの。」

店主
「そうか。若えのに大したもんだ。オレはこの町から出た事が無いから羨ましいよ。」

フゥ
「そんなに若く見える?ありがと。」

店主
「社交辞令だよ、なんか食ってくのか?」

フゥ
「なんでも良いから美味しいの食べたいね。」

店主
「あいよ。」

フゥ
「?」

フゥ
「なにこれ?」

店主
「ああ、さっきの客が描いてったんだ。」

フゥ
「ふーん。」

フゥ
「アタシ、これタトゥーにしようかな?」

店主
「やめとけ、嫁の貰い手がいなくなるぞ。」

フゥ
「親みたい。タトゥーくらいで。今どき流行んないね。」

なんで独身だって決めつけられたんだろう。まあ、独身なんだけどさ。

店主
「そうじゃない。それな、ミヤコ落ちのくたびれたオッサンが書いたんだ。」

フゥ
「げっ。」

店主
「キメぇだろ?」

フゥ
「キメぇわね。」

フゥ
「でも、気に入ったわ。」

店主
「そうかい。まあ、好きにしな。」

スペシャルラーメン。

店主
「どっから来たんだ?」

フゥ
「東のほう。」

店主
「東?あっちなんてなんにも無いだろ?」

フゥ
「行ってもしょうがないとだけは言っておくわ。」

店主
「人が近寄らな過ぎてゴミ一つ落ちてないって噂だ。」

フゥ
「ゴミくらいはあったよ。ゴミみたいな人間もいたね。今となっては、どーでも良いけどね。」

だから出てきたんだ。しがらみをぶった切って、昔の自分とも決別して。アタシの事なんか誰も知らないところで、今度こそアタシだけの人生を手に入れるために。

店主
「それでも、生まれ故郷の良いところくらいは考えとくもんだ。旅先で誰かに話す事になるかもしれないからな。」

フゥ
「かもしれないね。良いトコロもあったのかな。」

フゥ
「ここはどんな街なの?」

店主
「他所と比べた事がないからなんとも言えないが、住みやすいほうじゃないか?ねえちゃんみたいな流れモンがそのまま住み着く事だってあるし、最近は雇用も安定してる。」

フゥ
「へー。」

店主
「お世辞にも治安が良いとは言えないが、医者も警察もちゃんと仕事してるし、まあ良い街だよ。」

フゥ
「ランドマークとか、観光名所とかはあるの?」

店主
「パッとは思いつかないが、強いて言えばこの店かな。街の入り口だし、この街がこんなちっちゃい時から営業してる。」

フゥ
「ココに来る途中ででっかいビルを見たよ。」

店主
「そりゃ多分COM社のビルだな。」

フゥ
「COM社?」

店主
「この辺で一番デカい会社だ。」

フゥ
「へー。」

店主
「まあ、ねえちゃんにはあんまり用事は無さそうだけどな。」

フゥ
「どういう意味よ。」

店主
「ああ、デカいと言えば、デカい穴が開いてる。」

フゥ
「穴?」

店主
「バカでけえ穴だ。地下に繋がっててさ、地下からのゴミが噴水みたいに吹き出してくる。」

フゥ
「へー。」

地下!

イメージ。


子供の頃に聞いた事がある。
汚染されてない空気。何も混じってない水。超高層ビルの窓からは見渡す限りの大平原。

地震も台風も洪水も吹雪も砂漠化の心配も無いこの世の天国。

奪い合う必要も、殺し合う必要も無く、差別も不平等も無い人類の楽園。

フゥ
「地下からゴミが捨てられて来るの?」

店主
「ゴミだけじゃなく、資源やお宝もな。」

店主
「最近はだいぶ量も減って来て、地元の連中も近寄らなくなっちまったが、昔はそのお宝目当てで出稼ぎに来る連中も大勢いたんだ。」

フゥ
「へー。」

フゥ
「その穴から地下に行けないかな?」

店主
「出口専用だろうな。この世に未練が無いなら飛び降りてみるのも良いかもな。昔はよくゴミ漁りの人間が落っこちてたがな、助かったって話は聞いた事がねえ。」

フゥ
「ふーん。そのゴミ捨て場は誰が仕切ってんの?」

店主
「少し前まではCOM社が。その前は色んなヤツらが入れ代わり立ち代わり。今はもう誰も。」

フゥ
「なんで?」

店主
「みんな地下のゴミに頼らなくても生きて行けるくらい余裕が出来たのさ。それだけ地表人が減っちまったとも言えるが。」

フゥ
「ふーん。いつから開いてるんだろう。」

店主
「オレがガキの頃からだな。それまでガンガン進めてた宇宙開発をパッタリ止めて、急に地面に穴掘り始めやがった。特権階級の役人や富裕層、科学者だけでな。」

店主
「表向きは資源の採掘を謳ってたもんだから、オレらみたいな庶民や自然崇拝者は何が起きてるか分からんうちにまんまと置いてけぼり食らっちまったってわけだ。」

フゥ
「酷い話だけど、宇宙で何かあったのかね?」

店主
「まあ、本当のところは分からんが、中のほうが安全だと思ったんじゃないか?雲の上やこんな薄皮一枚のところよりは。」

フゥ
「引き篭ったって事ね。」

店主
「そのおかげで地表に残された人間は百年前からやり直しさ。」

フゥ
「でも行ってみたいなあ、何とかして行けないかなあ…。」

店主
「残念だが諦めな。地表の人間は特別な手続きをしないと地下には潜れない。」

フゥ
「特別な手続きって?」

店主
「詳しくは知らんが、昔からそう言われてる。」

フゥ
「誰か知ってる人いないもんかね?」

店主
「ああ、そういえばさっきの絵を描いたヤツがっ…!」

フゥ
「?」

店主
「いや、なんでもない。なんか飲むかい?」

フゥ
「ありがと。」

店主
「地下に行ってどうする?」

フゥ
「えー、具体的にはまだ決めてないんだけどね、家は丘の上の平屋の一軒家で、素敵な夫と可愛い赤ちゃんと、ペットは犬と猫一匹ずつ。広い庭で毎週末にはバーベキューして暮らすの。子供と遊んで、ペットを散歩に連れて行って、花も育てたいね。そして陽の当たるバルコニーで紅茶でも飲みながら、アタシの事が大好きな夫の帰りを待つの。」

店主
「それくらいの贅沢ならこの街でも出来るぜ。オトコだってホラ、そこにヒマそうなのもいる。カネは持ってなさそうだがな。」

フゥ
「声がでかいよ。全然好みじゃないね。そういうんじゃなくて、なんていうか、アタシは取り戻したいのよ。」

店主
「何を?」

フゥ
「色々よ。」

店主
「ふーん。イロイロね。」

フゥ
「聞かないんだ?」

店主
「聞かねえよ。取り戻したい過去なんて、誰にだってあるさ。似たような事言いながらこの街に来たヤツも知り合いにいるし。まあ、オレには無いがね、そんな窮屈なモン。」

フゥ
「ごちそうさま。なんか眠くなって来ちゃったね。」

店主
「泊まる場所は決まってんのかい?こっちで探してやろうか?」

フゥ
「大丈夫。自分で探せるわ。」

店主
「そうかい。」

フゥ
「穴の場所だけ教えてくれる?」

店主
「こっから街の中心に向かって、左手に見える林の中だ。」

店主
「まさかこれから行くのか?」

フゥ
「今日はもう疲れたから寝るわ。」

店主
「なら良いが、女一人で夜の林は危ないぜ。」

フゥ
「ありがと。でも大丈夫、アタシ結構強いんだ。」

店主
「そうかい、また来いよ。」

フゥ
「ごちそうさま。」

風来。

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