

電話の声
「起きてるか?」
シン
「起きてるよ。」
昨日から寝てねえからな。
電話の声
「昨日はご苦労だったな。で、一体何があった?」
シン
「は?ナニが?」
色々あり過ぎてどれの事を言ってんのか分からんが。
シン
「爆弾はちゃんと発電機に仕掛けたぜ、指示通りにな。」
電話の声
「ああ、ちゃんと発電機は爆破されてた。COM社からその報告もあった。」
シン
「も?」
電話の声
「残念ながら仕事は失敗だ。」

シン
「どういう事だ?」
電話の声
「もぬけの殻だったと。」
シン
「は?」
電話の声
「COM社が警察を引き連れて工場に行ってみたら扉は全部破られていて、ブツも無かったと。」
シン
「聞いてた話とだいぶ違うな。扉は絶対に破れないんじゃなかったのか?」
電話の声
「事実破られてた。三重のロックを解除されてたんだ。破壊されてたんじゃなくてな。誰かが何かしらの手段を用いて扉を開けてタネを持ち出したんだ。」
シン
「誰が?どうやって?」
電話の声
「分からん。COM社はカンザキ側の人間と踏んでるが、現場にはこれといった痕跡がなくて断定はできてない。」
シン
「カンザキ?」
電話の声
「この工場の今の所有者だ。言ってなかったか?」
シン
「聞いてねえよ。」
カンザキ?知らない名前だ。
工場を買い取って地下の技術で研究施設作っちまうような有力者。
表舞台は好まなそうだが、オレはむしろそういうヤツらの方が詳しかったんだ。
地下の人間か、地下と繋がりのある人間。
最近この街に来たヤツかも。
電話の声
「…情報をカンザキに流したヤツがいて、事前にタネを持ち出したヤツがいる。」
シン
「だろうな。」
電話の声
「つまり、今のところ怪しまれてるのは、現場にいたアンタと、アンタに仕事を回したオレ。」
シン
「だろうな。」
シン
「オレとアンタが疑われるのは当然としても、カンザキ側だけじゃなくて、COM社側の内通者ともなると、誰が絡んでたって不思議じゃないぜ。」
電話の声
「だから今躍起になって調べてる。オレも夜中の三時に呼び出されて、そのまま尋問されて身動き取れなかったよ。」
シン「オレも尋問されるのか?」
電話の声
「オレがアンタを連中の前に引っ立てても、連中は信用してくれないさ。アンタみたいに金で動く人間はゴマンといるからな。向こうで勝手に調べてアンタに直接コンタクトを取る事はあるかも知れないが。」
一番疑われてるのはオレよりもコイツだわな。
コイツがヤツらにオレを会わせたくない理由も何となく分かるが。
シン
「…現場にはオレと、もう一人いたんだ。」
本当はもう一人いたんだけど。
言えねえ、弟のオンナがいたなんて。
電話の声
「何者だ?」
シン
「清掃員だ。ジャマになりそうだったからノシてロッカーにぶち込んどいた。停電に乗じたから顔は見てねえし、見られてねえ。現場にいないんならもう逃げたか、まだロッカーで寝てるかもな。」
電話の声
「そうか。おそらくカンザキに雇われたんだろう。間違いなくこの件に関わってるだろうが、本人が自覚してない可能性が高いな。」
そうだろうな。あのオッサン、自分でも不審に思ってた。誰もいない夜中の工場で、たった一人で清掃作業。
電話の声
「他に何か変わった事はあったか?」
シン
「空にでけえ黒い星が浮かんでたよ。」
電話の声
「それは昨日の晩に空見てたヒマ人ならみんな知ってる。ニュースでも少し取り上げてた。そうじゃない、工場の中で、何か変わった事は無かったか?」
シン
「何も無かったよ。」
電話の声
「間違いないか?」
シン
「裏口から入って、清掃員ノシて、地下一階の発電機に爆弾を。それ以上の事はしてねえし見てねえよ。」
電話の声
「わかった、とりあえずそう報告する。COM社もオレらが出来るはず無えとは思ってくれてる。オレらが本当に二人だけなら、だ。あの扉は三重のロックが掛かってたはずだし、緊急時には中からだって開けられない。COM社の人間、それも限られた一部の人間以外はな。あとはカンザキ…。」
タクミちゃんが内通者?
口が軽くて、感情がすぐ顔に出て、ウソなんかつけないようなコが?
電話の声
「今、工場とCOM社の全従業員とその身内を洗ってる。この街はアンタの故郷だったな?何か心当たりはないか?」
マズイな、だいぶマズイ。
シン
「ねえな。弟が一人いるだけで、ガキの頃の知り合いはみんな地元にはいねえ。オレもたまに帰って来るだけで行きつけの店もねえし、かかりつけの医者もいねえよ。」
電話の声
「その弟はカンザキかCOM社と繋がってるか?」
シン
「それは分からん。なんせ一年以上会ってないからな。」
電話の声
「とにかく、COM社は内通者とタネの在り処を知りたがってる。」
シン
「オレに弟を調査しろって?」
電話の声
「オレと、アンタの身の潔白を証明する為にな。悪いが休暇はおあずけだ。」
タクミちゃん、何やってんだあのコは。
それとゴン…。
アイツはタクミちゃんの事を知ってるんだろうか?
いや、ゴンとタクミちゃん二人が内通者の可能性もあるか。
シン
「やれやれ。」

あ?
あれ?
銃が無い…?
はっ!
あの時か…!

シン
「あー、ちょっと別の問題に気づいたんだが…。」
電話の声
「なんだ?何か思い出したのか?」
シン
「いや、現場に銃を置いてきちまった。」
電話の声
「?…何かの間違いじゃないか?銃の落し物なんてCOM社からは聞いてないぞ?」
思い違いか?
それともタクミちゃんを追ってる時…林か?
シン
「ああ、悪い、思い出した。車の中に置きっぱなしだ、多分。」
電話の声
「…アンタらしくないな。本当に、昨日、何も無かったのか?」
シン
「何もねえよ。ちょっと寝不足でアタマがボーッとしてたんだ。」
電話の声
「…銃をどこで失くそうがアンタが困るだけだが、今はオレもヒマじゃない。道具の手配なら他をあたってくれよ。」
シン
「…。」
確かにらしくないミスだ。だがあの状況に於いては一番有り得るミスでもあった。
迂闊だ。カンザキだろうが警察だろうがオレ一人なら逃げ切れる自信はあるが、身内が絡んで来るとなると話は別だ。
電話の声
「とにかく何か分かったら連絡してくれ、その時はもうこの電話に出るのはオレじゃないかも知れないが。」
シン
「電話を掛けるのもオレじゃないかもな。」
電話の声
「…無事を祈ってるよ。」
電話の声
「お互いにな。」
やっぱり地元はツイてねえ。だから離れた。
何も与えてくれないと思ったから。
休暇をツブされた時点でイヤな予感はしてた。
カネに目が眩んで引き受けちまった。
今更どうこう言ってもしょうがないが。

シン
「よお、キョウダイ。」
ゴン
「久しぶり、兄貴。」

シン
「やっと電話繋げやがったか。」
例えば昨日の夜にコイツと電話が繋がってたらどうなっていただろうか?
通話記録からオレとコイツが兄弟なのも、工場での異様な行動もバレてただろうか?
タクミちゃんとのつながりも。
ゴン
「たまたまだよ。いつもいつも間が悪いんだよ、兄貴は。」
シン
「元気でやってんのか?」
ゴン
「ああ、おかげさんでな。」
シン
「そうか。」
ゴン
「一昨日さ、兄貴の金でメシ食ったんだ。だから今日はオレが奢るからさ、昼メシでも食わないか?」
シン
「いいよ、バカ。お前に奢られるようになったらおしめえだよ。」
ゴン
「とにかく、町外れのトーチソングって店に来れるか?タクミと今来てるんだ。」
シン
「タクミちゃんもいるのか?」
ゴン
「当たり前だろ、会う時はいつも三人じゃん。」
タクミちゃんはいつも通り、ゴンと過ごしてる。
昨日の夜はあのあと家に帰ったんだろうか?
夢でも見てたんだろうか?それとも双子だったりして。
いや、双子だからって服の趣味や髪の染め方まで同じなわけねえ。
確かにアレはタクミちゃんだった。
ガキの頃から知ってる幼なじみで、弟の彼女だ。
タクミちゃんだったはずだ。
シン
「そうだったな、もう少ししたら向かうわ。」
ゴン
「早く来いよ。」
シン
「ああ。」
銃の行方とゴンの交友関係はとりあえず後回しだ。
昨日の晩の事を確かめないと。
あの工場で働いているのか?
昨日の晩、工場で何をしてたのか?
COM社に知り合いはいるのか?
カンザキとは?
タネとは?
何か訳があったのか?
それをオレが知ったところでどこまで報告すりゃ良い?テメェの保身の為に、身内の秘密を。

タクミちゃんの件。