ツキさえも、ひとっ飛びで。

パーラー・オーバー・ザ・ムーン。

タクミ
「やっぱりここにいた。」

ゴン
「よお。」

タクミ
「ねー早く電話繋げてよ。」

ゴン
「こんなもん無いほうがいいんだよ。網が広がれば広がるほど、一つの場所に集められてるとも言えて。繋がれば繋がるほど、個々の尊厳は薄まっていく。」

タクミ
「なんの受け売りか知らないけどさ、電話会社は先月と先々月に使った分を払えって言ってんのよ。」

ゴン
「うるせえなぁ。」

タクミ
「なんかスゴい出してるね。」

ゴン
「スゲェだろ?この台、優しいオッサンが譲ってくれたんだよ。」

タクミ
「なんだかそのおじさんちょっと可哀想だね。」

可哀想かと言われたらそんなに悲壮感無かったな。仕事してねえのに、あのオッサン。

ゴン
「ちょっとその台打って見てくれ。」

タクミ
「ん。」

ゴン
「オレが朝から打ってた台なんだけどさ、」

タクミ
「悪くなさそうだけど。」

ゴン
「オレの今日の狙い台だもの。」

タクミ
「義兄さん帰って来たよ。」

ゴン
「兄貴が?」

タクミ
「うん、明日三人でご飯食べに行こうよ。」

ゴン
「明日はちょっと仕事があって、」

タクミ
「どうせスロットでしょ。」

ゴン
「違うよ、本業のほうだよ。」

タクミ
「ゴミ山の仕事?仕事の内に入らないじゃん、あんなの。」

ゴン
「そろそろ回収業者に来てもらって金に変えないとな。」

タクミ
「もうやめなよ。誰もやってないじゃん。昔と違うんだよ?今や斜陽産業だよ?」

ゴン
「最近はめっきりだけどたまーにオタカラが上がってくるんだ。そうすりゃ二、三週間は遊んで暮らせる。」

タクミ
「それが十年前の何分の一だって言うのよ。スロットの確率追っかけてた方がマシじゃん。」

ゴン
「だからこうしてスロットも打ってる。」

タクミ
「減らず口を、」

ゴン
「とにかく明日はダメなんだ。兄貴に言っといてくれ。」

タクミ
「わかったよ。言い出しっぺが私だから言いづらいけど、義兄さんもなんか忙しそうだったから。」

ゴン
「相変わらずバタバタしてんな、兄貴は。」

タクミ
「それに義兄さんがカリカリしてる時に会っても、どうせアンタが説教されるだけだしね。」

タクミ
「あっ!」

ゴン
「な、なにぃーーっ?!」

タクミ
「おっ?おっ!?おっ??」

ゴン
「プっ、プレミアム・タスマニア・ラッシュを引いてるじゃないか!」

プレミアム・タスマニア・ラッシュ。純増12.5枚のATが最低1000ゲーム続くバカみてえな出玉機能。この台の目玉。

タクミ
「ふふふ。」

ゴン
「思った通りだ!やっぱり今日はオレの隣が出る日だ。」

タクミ
「たまたまでしょ。」

ゴン
「そのたまたまってのが大事なんだよ。その時、その場所に、偶然…。」

タクミ
「何それ。」

ゴン
「とにかく、閉店までぶん回すぞ。」

タクミ
「連れ戻しに来ただけなんだけどなあ。」

パーラー・オーバー・ザ・ムーン

ゴン
「いえーい。」

タクミ
「うわーい。」

ゴン
「こんな大勝ち、いつぶりだったろう。」

タクミ
「私らにかかればこんなもんよね。」

ゴン
「やっぱタクミさんじゃなきゃな。」

タクミ
「ご飯食べて帰ろうよ、お腹空いちゃった。」

ゴン
「そうだな、たまには美味いモンでも食って、温かいお湯で体洗って、ふかふかのベッドで寝るか。」

タクミ
「あ、そうだ、義兄さんからお小遣い貰ったんだった。」

ゴン
「まったく兄貴ったら、また要らんお節介を。いつまでもガキ扱いしやがってよ。」

タクミ
「このお金が無くなった時が見ものだわ。」

ゴン
「決めたんだ…。この金を足がかりに今度こそマトモな暮らしを…。」

タクミ
「何回か聞いたことある。」

ゴン
「とにかくこの金はやっぱり使わないで、今日のメシは兄貴の奢りで食おう。」

タクミ
「そうだね。」

ゴン
「そして、いつの日にか、この金でオレが兄貴にメシを奢る事にしよう。」

タクミ
「ギャンブルで儲けた金で奢っても義兄さん喜ばないと思うよ。」

タクミ
「その前に電話料金払いなよ。」

ゴン
「わかってるよ。」

タクミ
「あと、ちゃんとした仕事見つけなよ。」

ゴン
「わかってるよ。」

ゴン
「そんな事よりもさ、」

タクミ
「うん?」

ゴン
「今夜は特に、月がキレイだな。」

タクミ
「やかましい。」

ツキさえも、ひとっ飛びで。

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