店主
「いらっしゃい。」
客の男
「まだツブれてなかったんだな。」
店主
「久しぶりじゃねえか。」
客の男
「ああ、相変わらず汚ねぇ店で安心したよ。」
店主
「お前さんが来ねえおかげでちっとは品が出て来たんだけどな。」
客の男
「とりあえず酒とツマミを。」
店主
「あいよ。どっか出稼ぎでも行ってたのか?」
客の男
「出稼ぎというか、少しの間別の街で暮らしてたんだ。」
店主
「ふーん。ほらよ。」
客の男
「頂くよ。」
店主
「何処に行ってたんだ?」
客の男
「地下。」
店主
「なんだ、お上の仕事か?国家公務員にでもなっちまってたのか?」
客の男
「オレがどうやったら公務員になれるんだよ、汚れ仕事には変わらないけどさ。」
店主
「殺しか?」
客の男
「逆だよ。ボディーガード。」
店主
「お前さんがどうやったら誰かのボディーをガード出来るんだよ。」
客の男
「失敗したさ、ちゃんと。」
店主
「で、クビになって追い出されたのか?」
客の男
「それが気がついたら駅で寝てたんだよ。」
店主
「?地下に行ってたんだろ?夢でも見てたんじゃねえか?」
客の男
「でも所々の記憶はあるんだよな。この腕のキズも地下で付けたヤツだし。」
店主
「またお前さんはモテようとしてワザと…いつまでたってもガキだな。」
客の男
「そんなんじゃない。」
店主
「でも事の顛末が分からないってなると、お前さんがココにいる事がマズイかもしれないって事?」
客の男
「マズイかも知れないって事。」
店主
「いずれこの町にも居れなくなるのか?」
客の男
「予定ではね。」
店主
「これからどうするつもりだ?」
客の男
「別に、また安い仕事しながらビクビク暮らすさ。どのみちウチら地表人は自力で地下には潜れねえ。」
店主
「置いてけぼり世代だからな。」
客の男
「そりゃアンタらの世代だろ。オレらは自覚すらしてないからよ。」
店主
「なんにせよウチは雇わねえぞ、そんなヤツ。」
客の男
「分かってるよ。とりあえず職は見つけてある。」
店主
「なんの?」
客の男
「お掃除。」
店主
「ドコの?」
客の男
「ゴミ山の向こうの工場。」
店主
「やめとけ、最近言い噂聞かねえ。コソコソ変なもん作ってるって話だ。」
客の男
「構わねえよ、どのみち死に損ないさ。」
店主
「変な事に首突っ込んだらこの店入れねえからな。」
客の男
「わかってるよ。」
客の男
「なあ、」
店主
「ん。」
客の男
「もしこの世界に見えてるもんが作為的でデタラメで不確かだったらどうする?」
店主
「なんだそりゃ?それがお前さんが失敗した事に関係あるのか?」
客の男
「いや、特に意味は無いんだけどさ。」
店主
「別にどうもしないさ、オレはオレの店でいつも通り客を待ってるよ。」
客の男
「なぜそう言い切れる?」
店主
「オレの本質が世界よりも作為的でデタラメで不確かだからだよ。あのマークと同じさ。色が塗り替えられても、勝手に飾り付けされても、平面でも立体でも、それの持つ意味自体は変わらない。」
客の男
「なんだアレ?」
店主
「太極図だと。」
客の男
「タイキョクズ?」
店主
「占いのマークさ。」
客の男
「どういう意味だ?」
店主
「ごちゃ混ぜ。根源、混沌、流れ、ツキ、運び、巡り合わせのその全て。」
客の男
「ふーん。」
店主
「お、客だ。いらっしゃいませー。」
客の男
「オレもそれくらいのトーンで迎えてくれねえかな。」
店主
「お前金払わねえだろ。」
客の男
「タイキョクズね、」
客の男
「根源、」
客の男
「混沌、」
客の男
「巡り…。」
店主
「けっ、シケた客だぜ。」
客の男
「声がデケエよ。」
客の男
「変えてやったぞ。」
店主
「ハートマークか、ありきたりだな。」
客の男
「愛だ。」
店主
「アタマでも打ったか?」
客の男
「愛は全ての始まりだ。」
店主
「オエっ。」
客の男
「愛は全てを内包してる。」
店主
「なるほど。」
客の男
「全ては愛から生まれ、愛に還って来る。」
店主
「残念だよ、久しぶりに顔見せて女自慢してくれるのかと思ったら金儲け損ねて帰って来て、オマケにワケのわからん事言うようになっちまってよ。」
店主
「早くカミさん見つけねえからそんな事になるんだよ。」
客の男
「久しぶりに聞いたよ、そのイヤミ。」
店主
「結婚は良いぞ。」
客の男
「バツ2のじいさんに言われてもな、説得力ないぜ。」
店主「良いもんだから何回もするんだろうが。」
客の男
「客だぜ。」
店主
「いらっしゃい!」
店主
「オレはお前の事を本当のムスコだと思って心配してだな、」
客の男
「混んで来たからもう行くわ。」
店主
「金払ってけよ、たまにはよ。」
客の男
「ごっそさん。」
店主
「ああ、達者でな。」
店主
「また来いよ。」
太極。