人生一人占い

祖父の本をリメイクしてみた。易占いに興味を持つきっかけになった本だ。

今までは占い結果のページを探してその卦の項目だけ読むって使い方をしていたけど、今回のリメイクにあたって一通り最初から読んでみた。

他の本に比べてシンプルで単刀直入。悪く言えば乱雑で一方的でとりとめがない。

多分祖父がこの本を書くにあたって使用者に解釈の余地を残すように、興味を持って自分で学べるように意図的に書いた気がする。絶対に気のせいだと思うけど。

でもそう考えると、この本がそう感じるように作られた本だとしたらオレの加筆は蛇足だったかも知れない。

易占いはよくコンピュータに例えられる。

0と1の組み合わせであらゆる情報を表現するコンピュータと、陰と陽の組み合わせで森羅万象を表現する易占いは通じるものがあるんだとか。バイナリーって言うらしい。全然詳しくないから分からないけど。

例えば「易」というコンピュータが人の中にあったとしたら、個人個人がそれを表現するオペレーティングシステムってわけだ。個人の占断。個人の解釈。個人の世界。ロマンチックで芸術的だ。何千年も在り続けるわけだ。

祖父は多分、祖父と言うか大昔の易の発案者は多分、全ての人間が自身の道を占えるようになって欲しかったのかもしれない。人それぞれが数多の可能性の中から最善の選択を出来るように。

ここまで書いてて大好きな漫画「エアマスター」のあるキャラクターのセリフを思い出した。以下抜粋。

「自然破壊だ何だと言っても、地球の実の部分は超巨大で分厚いマントルです。」

「その超巨大なマントルの上のほんの薄皮の上にぞろぞろと暮らしているのが私たち人間さん達です。」

「散々自然を破壊して、戦争だ平和だ、勝手に人間が絶滅したとしても」

「人がいなくなろうと何がいなくなろうが、地球は相変わらず元気に50億年も生きていく事でしょう。」

「言ってる事は当たり前だけど、たまにデカイ声で誰かが言ってもいいだろう。」

「心配ばっかすんな。人間ってそうじゃないだろう。」

「じゃあ・・・そんなちっさい人間がどう生きればいいんだろう・・・それ話します。」

ここで演説が遮られる。

これだけ聞くと戦争も自然破壊も肯定した利己的な言葉に聞こえるかもしれないけれど、物語のクライマックスでその真意が語られる。

「地球上でただ一個の我だ。ただ一個の誇りを持って生きろ。」

読み返したら目頭が熱くなってきた。

ちっぽけな自分を自覚しながら、そのうえで人間一人一人が地球になれって言ってる。自分の中のマントルを失うなって言ってる。

ホント、エアマスターって最高だよね。何千年も残らねえかな。

易占いを通して、感じて、学んだ事が易占いじゃなくてもいいだろ。

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